ちりあくたのつぶやき

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映画『アーミー・オブ・ザ・デッド』感想・ネタバレ|良くも悪くもジャンクフード!ぜい肉多めのB級エンタメ映画

 ※この記事はネタバレありです!

 2021年に公開されたゾンビ映画です。

監督:ザック・スナイダー

脚本:シェイ・ハッテン、ザック・スナイダー、ジョビー・ハロルド

主演:デイヴ・バウティスタ

制作:デボラ・スナイダー、ザック・スナイダー、ウェズリー・コラー

音楽:ジャンキーXL

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評価は批評家観客共に芳しくない

 ロッテントマトスコアは現時点で批評家68%、ポップコーンメーター74%と芳しくない。

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視聴理由は「ジャンクフードが食べたかったから」

 たまにお堅くない、気軽に見れる映画を見ようとするならちょうどいいかもです。ジャンクフードやお菓子を食べながらとか。というかこの映画自体が良くも悪くもジャンクフードなテイストでした。

映画のジャンルは複合タイプ

 構造としては「ゾンビ物+ミリタリーアクション+ケイパーもの+親子もの」といった感じです。

 

 「主人公があるミッションを与えられ、残り時間が決められていて、ある閉鎖空間に臨まぬ気持ちで入り、そこから目標である何かを持ち帰る」よくある展開ではあります。

 

 というかここまで書いて見て、ジョン・カーペンター監督の「ニューヨーク1997」とそのセルフリメイクである「エスケープ・フロム・LA」とまんま一緒なんですよね。

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導入から物語が動き出すまでの時間が長い、「ぜい肉」の多い脚本

 導入部である主人公スコット・ウォード(デイヴ・バウティスタ)のプロフィール紹介があり、彼が同情すべき境遇であるのがわかる。

 

 と、そこにブライ・タナカ(真田広之さん!)という政府の関係者らしき人物がコンタクトを取り、物語の舞台となるゾンビで溢れかえっているラスベガスにある大金を持ち帰る様に依頼される。

 

 ここからケイパーものに変わり、その為の仲間集めが始まる。仲間には大金が入ることは告げずにはした金を提示するも、みんな快く引き受けるのは昨今の格差社会を一応象徴してはいる。

 

 仲間の中にはセクハラ野郎やタナカがつけたお目付け役、不仲の娘等がいることで主人公にある種「重石」がつき、物語の推進力は増す。

 

 さらにそこに96時間以内に任務を完了しないとラスベガスは政府から核攻撃されるという時間制限(終盤さらに時間は短縮されますW)まであるおまけつき。

 

 で、ミッションが開始されるんだけど、ここまでの上映時間が50分もかかっていて、いささか冗長に感じます。

 

 なんかね、仲間の数が多すぎるんですよ。脱出する為にヘリの操縦士が必要だとか、金庫を開けるプロもいるのはわかる。でも、動画配信者(どうもコメディリリーフらしいですが)とかいる?絶対主人公にある程度スキルを付与すれば登場人物は削れるし、上映時間もタイトに出来ると思いましたね。

丁寧なゾンビの解説助かる、エンタメに振ったゾンビ描写

 この映画ゾンビ物だけど、それがわからない観客に一応配慮がされていて、この作品内でのゾンビはこうやって倒すんだよという説明があるのは親切ですね。

 

 この映画のゾンビには種類があったり、なんと知能を有していてリーダーも存在しある程度統率が取れているのはなんだかなと。確認しておきますけど、ゾンビって「腐った死体」で、歩いたら本当は四肢がぼろっと落ちても不思議ではない、そんな存在なんですけど、ここでは快楽原則が勝ち、「こまけえことはいいんだよ!」という展開になる。

 

 まあそうしないとエンタメとして機能しないからなんですけど、今作のゾンビは非常ン息が良くて、走ったり飛び跳ねたり、挙句の果てには銃弾をリズミカルによけたりします。加えて舞台がラスベガスとは言え、トラのゾンビとか無理がありすぎるのでは?と、ツッコミを入れて楽しめます!

 

 ここらへんは監督の2004年のデビュー作「ドーン・オブ・ザ・デッド」を思い起こさせるというか、ミュージックビデオ出身の彼ならではのポップな描写といったところでしょう。

B級映画に徹した結末と、午後のロードショーでの放送に向けてのリクエスト

 スコット達は大金も手に入りはするものの、登場人物はほとんど死亡し(ヒドイW)主人公がラスボスと決着をつけるが自身もゾンビ化するのを娘に解釈してもらって終わり。

 

 かと思いきや、「実は無事だった」生き残りが実はゾンビ化しそうになっていて…というったところで映画は終わる。

 

 上映時間が2時間28分と、最初に書いた様にいくらか導入部が長いので、その「ぜい肉」を上手く編集してスッキリさせた状態で「午後のロードショー」で放送して欲しいくらいには楽しめました。

 

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映画「サンキュー、チャック」感想・考察 世界終末の意味と“人生賛歌”を読み解く(ネタバレありです!)

 ※この記事はネタバレありです!

 

 これはちょっと難しい映画というか、ノンジャンルなので自分でも上手く咀嚼できていないかもです。

監督:マイク・フラナガン

主演:トム・ヒドルストン

原作:スティーヴン・キングの短編小説「チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ」

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大まかなテーマとロッテントマトスコア

 大まかなテーマとしては「一人の人間の中にある複雑性や矛盾の肯定、人間賛歌」だと思います。

 

 ロッテントマトスコア、現在値は批評家80%、ポップコーンメーター88%と観客評価が高い。

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タイトルだけ見て一瞬誤解

 最初タイトルだけ見た時には、最近お亡くなりになったチャック・ノリスに対する追悼作品なのかなと思っていました。ちなみに、私的に彼の出演作では「野獣捜査線」「とテキサスSWAT」が好きです(聞いてない)

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「世界終末もの」という読みが外れる

 冗談はさておき、序盤の流れだけなら「世界終末もの」だと思ったんですよ。最近のネトフリのアニメーション作品「キャロルの終末」みたいな。

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 冒頭、大地震や疫病によって世界が文字通り崩壊し始める(ミツバチが絶滅!)。ネットが使えなくなり、電話も普通。テレビは日本で言うところの「しばらくお待ちください」で、ついには電気も使えなくなり…というのはお約束なので。

タイトルであるチャック登場

 でも、そこから画面に何度も出て来る「チャック(アベンジャーズの「ロキ」役でおなじみのトム・ヒドルストン)」という、何かのミームみたいな人物が電気が使えなくなったはずなのに、家の窓にホログラムの様に出現し、そのチャックの人生に話が移る。正直脈絡もないので、見ているこちらは(?)でしかない。

 

 どうもこのチャックという人物、39歳で癌の為に死亡する運命にあるらしく、かろうじてこの映画が「ギリシャ的結末(運命には抗えないので受け入れるしかない)」だとわかる。邦題が「サンキュー、チャック」なのは死亡する年齢にかけてある。

人が踊る意味

 彼が自分が癌で死ぬということが判明する数か月前の状況で話が始まり、チャックはストリートパフォーマーの演奏に合わせてダンスを始める。本当に脈絡もなく。そして、聴衆の中で彼氏に振られてムカついている女性(ナレーションによる説明あり)を誘い一緒に踊り、喝さいを浴びる。

 

 このシーンを自分なりに解説すると、「そんなことで落ち込まずに、一緒に踊ろう(人生を楽しもう!)」だと思いましたね。

死が身近にあるチャックの子供時代

 で、そこから今度はチャックの子ども時代に遡り、彼は両親を事故で亡くして、じぃじ「アルビー・クランツ(マーク・ハミル!)」とばぁば「サラ・クランツ(ミア・サラ)」に引き取られて育ったことが分かる。

 

 両親を亡くしてチャックとじぃじもばぁばもすごく落ち込むのだけれど、チャックとばぁばは踊ることで生きる力を取り戻す。じぃじはそれとは別に、お酒と数学でやりすごそうとする。

 

 で、今度はばぁばも病で死んでしまう。高齢とはいえ60代なので、早い。ここまでで、チャックの身の回りの人が結構お亡くなりになるので、彼の人生には死が付きまとっている気はする。

ノンジャンルながらもあるホラーとミステリー要素

 彼らが住んでいる家には、一か所だけチャックが入ってはいけない部屋があるのだけれど、ノンジャンルの映画だけどホラーとミステリー要素ではある。もちろんチャックは言いつけを破り、その部屋の中を見ようとするのだけれど、じぃじにこっぴどくしかられて頓挫する。

体を使って踊り、手に怪我を負う(身体性)

 子供時代から青年に達する前までのチャックの成長物語が映画のほとんどをしめていて、クライマックスとしては彼がばぁばと一緒に踊ったり部活で練習したダンスをパーティーで披露するところなんだけど、どうしても「?」が私の頭の上にはついて回り、この作品が何を言わんとしているのかはおぼろげにしか感じられない。

 

 ダンスパーティーで浮かれ過ぎて、彼は自らの過失で手に怪我を負うのだけれど、ここは原題とおり「If It Bleeds(流血沙汰)」で、つまり「血が出る→生きている→いつか終わりが来る」証だとは思う。

誰もが避けることができないもの

 今度はじぃじが病に倒れるのだけれど、じぃじは既に自分の死に方を知っていて、あらかじめ手を打ちチャックが経済的に困らない様にしていた。何故知っていたのかはあの「入ってはいけない部屋」に秘密がある訳だ。

 

 終盤、チャックはじぃじの遺品の中から部屋のカギを見つけ、ついに部屋の中を見てしまうのだけれど、そこには何があったのか、それは実際に劇場に行って確かめてみて欲しい。誰もが決して避けることができないものがそこにはあった。

作品を読み解くヒント、ウォルト・ホイットマンとカール・セーガン

 この作品を読み解くヒントはもちろん映画の中にあり、映画の中でウォルト・ホイットマンの代表作「ぼく自身の歌」 (Song of Myself) の終盤(第51連)に登場する、非常に有名な一節がそれです。

 つまり、冒頭の世界終末描写はチャックという、宇宙を内包している一つの生命の終わりの象徴だったことが分かる。なにせ最初の章が3章で、次が2章、1章と「3,2,1」とカウントダウンが始まってチャックは病に倒れる訳ですからね。

 

 もうひとつのヒントは、カール・セーガンの宇宙論。宇宙の誕生を1年間に例える「宇宙カレンダー」によると、人類の営みの始まりなんか12月31日の夜遅くの数秒間ほどでしかない。

限りある命を大切に

 そんな儚い世界や人間の人生だからこそ、大切に愛おしもうという普遍的なメッセージになっている。だから、劇中のメッセージの「チャールズ・クランツ、ありがとう。39年間の人生に感謝を」が「生まれて来てくれてありがとう、チャック」なのだと。

 

 私が見たかった世界終末ものとは微妙に位相が違いましたが、品のある良作だと受け止めました。

 

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『プークーと魔法の植物』ネトフリ感想・レビュー|マイケル・B・ジョーダン声優で泣ける神作

 ※この記事はネタバレありです!

 

 Netflixで5月1日から配信されているアニメーション映画。監督は「塔の上のラプンツェル」のネイサン・グレノ。原題は「Swapped」で、「交換」という意味です。

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 この映画、実は「他者理解」と「贈与」をテーマにした作品です。

「声優」マイケル・B・ジョーダン

 ネトフリの新作でこのアニメーション映画が挙がっていたのですが、主役の声を「クリード」「罪人たち」のあのマイケル・B・ジョーダンが担当しているという理由だけで視聴。私は基本的に海外のアニメーション映画は日本語吹き替えで見るのですが、マイケル・B・ジョーダンがどういう声をあてるのか興味が沸いたので今回は元の英語に字幕をつけるという視聴方法にしました。

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物語世界の説明と主人公のこれまでの経緯

 物語の導入部で、主人公であるおそらくリスをモチーフにしたキャラクターであるプークー族のオリーが、鳥族「ジャヴァン」にエサの在処とその食べ方を教えてしまったことでプークー族が困窮してしまうまでのいきさつが本人の口から語られる。

 

 その際に、父親からこの物語世界(森)の成り立ちを聞かされる。昔、動物達はこの森平和に暮していたのだけれど、ファイアーウルフという悪者に怯えていた。そこにツォーという名の巨大な木の精霊みたいな生物が、救い主として現れる。ツォーは自分の体から食べ物を与える(贈与)だけでなく、さらに光り輝く魔法の植物を与えた。

 

 それは別の種族に変身することができ、他種族の言葉がわかるようになった(相互理解)森を支配できないファイアーウルフは、水をせき止め相互不信をあおり、ツォーを森から追い出し現在の世界になったので多種族と関わってはいけないことを教えられていたのだけれど、オリーはその言いつけを破った為に同族をはからずも危機に瀕している状況にさせてしまっている。

 

 名誉挽回の為にジャヴァン族を追い出そうとしている最中に、オリーは父親から聞いていた魔法の植物によってなんとジャヴァン族になってしまう。

相手の立場になって物事を考えましょう

 「taking seriously(なりきり、または真剣に受け止める)」という言葉の通りにオリーは「他者の立場、視点」に「なりきり」ジャヴァン族も実は困窮していたことを知る。ファイアーウルフによる水のせき止めで作物が森に住むすべての動物達に行き渡らないから。

 

 そして今度はジャヴァン族側のキャラクターであるアイヴィーもまたプークー族に「なりきり」お互いの窮状を知る。元に戻る為に再び魔法の植物を追い求めるのだけれど、ここでオリーとアイヴィーは図らずもバディとして協力せざるを得なくなるのは手堅い展開。

元に戻る為の冒険と、アニメーションの素晴らしさ

 冒険が始まり、アドバイザーとしてブーグル族(魚)の「ブーグル」も別れたり再会したりしてついてきてくれる。冒険の最中に、オリーとアイヴィーは「殻を破る」他種族の特性を生かして危機を乗り越えるんだけど、特にオリーが飛翔するシーンのアニメーションはとても素晴らしくて、何故劇場公開作品にしなかったのか不思議なくらいです。

 

 そう、アニメーションの魅力に触れるのを忘れていました。上記の飛翔シーンの他にも、この物語で出て来る動物はフンコロガシ以外は架空の生物なんだけど、とても実在感があり、素晴らしく、水や炎・木々のざわめきや風の流れまで一見の価値ありですね。

 

 ちょうど中盤に、アイヴィーがなんと物語の序盤でオリーが木の実の取り方を教えてプークー族を困窮させてしまった原因であることが判明する。自分たちジャヴァン族が生きるために他種族を危機に陥れていることを認識する訳だ。

オリーの「贈与」に痺れる

 魔法の植物を手に入れる冒険の終盤、ウルフ(ファイアーウルフではないらしい。紛らわしい)の子どもを、今までさんざん命を狙われ追いかけまわされていいたのにも関わらず、なんとオリーが助けるという「贈与(見返りを求めない利他行動)」をするんですよ。

不意打ちの様な意外な展開

 そして無事に魔法の植物に元に戻してもらいよかったよかったみたいになっていたところに、まさかの展開が待っています。ここは実際に各自で見て確かめてください。本当にびっくりするというか、それは読めなかったみたいになります。

他者を救うことで自分もまた救われる

 アイヴィーが怪我をして、オリーはアイヴィーを助ける為にここでもまた贈与を行う。ジャヴァン族の住む高台へ、アイヴィーを引きずりながら向かうシーンの音楽ですが、少しだけ「クリード」っぽくなるのは胸熱。

 

 無事にアイヴィーをジャヴァン族の元に送り届けるのですが、そこでオリーは序盤にしたジャヴァン族に木の実の在処と食べ方を教えたのが「過ち」では無い、他種族を救っていたことを気づかされることで自分もまた救われる。

「感染」によって起きる「贈与の連鎖」

 そして、終盤。ラスボスといってもいいファイアーウルフによって火災が発生し森が危機に瀕する。ここでオリーの贈与に「感染(ミメーシス)」したアイヴィー達ジャヴァン族が他種族を助けるという贈与の波及、「贈与の連鎖」が起こる。

※ミメーシス:誰かの行動を真似することで感情や行動が伝播すること

 

 ここで自分でも驚いているのですが、まさか自分が泣くとは思っていませんでした。どうも私は物語で「贈与」のシーンに痺れるみたいです。

手堅く丁寧な脚本

 それでも動物達は追い詰められ、物語の推進力は爆上がり、ついに最後の殻が破られる。ここもまた直接見て確かめて欲しい。物語序盤、あんなに自己肯定感が下がっていたあのオリーが、うってかわって最後には文字通り別の存在になる。「行きて帰りし物語」を忠実に実行している間違いのない脚本。

 

 宮崎アニメみたいに最後は「水による浄化」が起こり危機は脱する展開はベタと言えばベタで、奇しくも今年のアニメーション映画「私がビーバーになる時」とまんま一緒だったりする。

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昨今の世界情勢を想起させる悪者描写

 ラスボスであるファイアーウルフだけど、彼にも事情があることが本人によって明かされ、一度無害な存在に戻るという選択肢も提示されるのですが、ウルフはそれを拒むのでブギーマンとして退場されられるのは、現実の世界情勢を見ると納得せざるを得ないんだけど残念と言えば残念でしたね。

なにげに神話的決着

 最後、せき止められていた水も元通りになり、追い出されていたツォーも戻ってくる。この最後だけど、「父親が語っていた世界(相互不信に溢れ、リソースも限られ危険な世界)」を子供が書き換える結末って、神話を下敷きにしているのだろうけど、それを子供向けのアニメーション映画に落とし込む力量には舌を巻きました。

近年の動物アニメーションでも頭一つ抜けた出来

 動物を扱った最近のアニメーション映画で、前に挙げた「わたビバ」や「ズートピア2」がありますけど、個人的には近年の動物アニメの中でも頭一つ抜けていると思いました。ネトフリを利用しているなら見ないと絶対に損をしていると断言していいです。

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映画「ローマの休日」連休の終わりに「休日の終わり」を観る。なぜアン王女にとっての1日は「モラトリアム」だったのか

 ※この記事はネタバレありです!

 

 ゴールデンウィーク最終日ということで、「休日の終わり」をテーマとした映画の感想を書きました。古典も古典の映画「ローマの休日」です。

監督:ウィリアム・ワイラー

脚本:ダルトン・トランボ

主演:グレゴリー・ペック、オードリー・ヘップバーン

サムネイル画像ですが、やはりこれしか無いですよね?

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ローマの休日(日本語吹替版)

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大まかな内容と登場人物紹介

 大まかな内容としては、オードリー・ヘップバーン演じるアン王女が、自分の王女と言う役割(スケジュールでガチガチに縛られ、決まりきったことばかりやらされる)にストレスを感じたので、ちょっとだけそこから抜け出すところから物語は始まる。

 

 そして、アメリカン人記者のグレゴリー・ペック演じるジョー・ブラッドレーと出会う。当初ジョーはアン王女を利用して特ダネをものにしようとする。

物語当初、少々問題のある主人公ジョー

 このジョーだけど、アメリカ映画の主人公造形においては当初「共感出来ないタイプ」で、賭け事をして金を失っているし、支局長のヘネシー(ハートリー・パワー)からも借金をしているわ家賃を滞納するわでかなり問題のあるキャラクター造形になっている。

 

 まあこういう造形にしないと主人公は困った状況に置かれ無いので、物語の推進力を上げるためなんだけど、そこにアン王女というとびっきりの大ネタが飛び込んで来たので、彼は「殻を破る」つまり「自分はこのままではお金で身を持ち崩してしまうかも知れない」という思い込みを破る。

 

 そして「反転攻勢」ここではその思い込みを破るために、王女と一緒に写っている写真を知り合いのカメラマンであるアーヴィング・ラドビッチ(エディ・アルバート)にこっそりと撮影させる。こうしてテキストに起こしてみると、かなりどうしようもないキャラクター造形になっている。

髪を切るシーンに象徴される、アン王女の変容と解放

 話をアン王女に移すと、彼女は当初、窮屈な女王の役割にかなりストレスを感じていて、「もうこんなの嫌だー!」みたいに暴れるが、周りの人に「リラックスする注射(睡眠薬?)」を注射されおとなしくさせられそうになっている。ミルクとクラッカーだけど、これは子供っぽさや正しいもの(健康にいい)ものを象徴させている。

 

 大使館を抜け出し、ジョーと出会い、そこから彼女は王女の時には許されなかったか出来なかったことをやっていく。まずパジャマを着て、アイスを食べタバコを吸いお酒を飲む。最も象徴的な描写は美容院で髪をショートにする箇所。ここは以前の自分と違う存在になることと、王女とは知らずに人にその容姿を褒められることで自分自身に対する認識が変容する。

 

 そして有名な「真実の口」のシーンで、彼女は身分を偽っているので口の中に手を突っ込めない。自分が嘘をついていることを自覚するのは、少女ではなく大人になる過程でもある。

ja.wikipedia.org

とても短く濃密なロマンス描写

 ジョーとアンは昼間にヴェスパで疾走(途中からアンがハンドルを握るのも重要)し、船上でのダンスを経て口づけを交わします。すごく展開が早く見えますけど、これほどの短い時間の交流だからこそ、特にアンにとっては生涯忘れられない濃密な体験になる。

外れるジョーの思惑と、人間性への信頼に根差した終盤

 話をジョーに戻すと、彼の「特ダネをものにする、できる」という思惑は外れる。アンに対して真剣な想いを持ってしまったが故に彼はこの体験を記事にせず、カメラマンのアーヴィングも最終的には写真をこっそりプレゼントとしてアンに渡す。ここらへんの「人間性に対する信頼」の描写だけど、映画公開が1953年で、第二次世界大戦後の復興期であることも関係している思いましたね。この当時は世界がどんどん良くなっている機運がありましたでしょうし。

アン王女の「行きて帰りし物語」

 大使館に帰ってきたアンが、差し出されたミルクとクラッカーを拒否するシーンだけど、これは彼女が大人になった証拠。つまり「行きて帰りし物語」で、物語の始まりと終わりでは彼女は違う存在になっている。いったん王女の役割を捨てて、交通違反に象徴されるように「社会(システム)の外」に出て、王女と言う自分の立場に自覚的になり再帰した。タイトルにある「休日」の意味は、「モラトリアム(猶予期間)」な訳。

 

  私の休日は終わって欲しくありませんが😅

 

 ラスト、去っていったアン王女と取り残されたジョーという終わり方をするんだけど、全体としては明るいトーンだし、なにより上品な雰囲気をまとっていましたね。くれぐれも「もしアン王女がとんでもない奴に見つかっていたら」なんて考えるのは野暮と言うもんです。

 

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映画『バタリアン』アマプラ配信開始!新録吹き替えの「オバンバ」に違和感?ネタバレ感想と評価

 ※この記事はネタバレありです!

 

 いつの間にかAmazonプライムビデオで配信が開始されていたとは…邦題は「バタリアン」ですが、原題は「The Return of the Living Dead」

初見の方に言っておくと、肩の力を抜いて楽しめます。

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特にオススメの視聴方法
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バタリアン

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 ストーリーは、あのジョージ・A・ロメロのゾンビ映画「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」が実は実際に起きた事件を映画向けに脚色していて、その元となったゾンビの1体が医療会社の地下倉庫にあり、誤ってその1体が入っているタンクを破損させ、そこから陸軍が開発した化学兵器であるゾンビ生成ガス「トライオキシン245」が噴出してさあ大変、といった展開。

 

 公開当時、真面目な(?)ホラー映画好きからはあんまりいい目では見られていなかったんですよね(遠い目)みんなロメロ原理主義者というか、原典に対するこだわりといいますか。

 

 ↓こちらもAmazonプライムビデオで視聴可能です。

 物語内に主人公らしい主人公がいないのが特徴で、強いて言えばゾンビ軍団に追い詰められるパンク集団と火葬場のアーニー、医療会社のフレディ、フランクとバートですね。

 

 トライオキシン245の恐ろしいところは、ゾンビ化もそうなんだけど、そのゾンビの処分に困るところ。燃やしてしまったらそのガスが雲になり雨が降って地に降り注ぎ、墓の死人が蘇るところ。だから陸軍はゾンビ化した「タールマン」をタンクに閉じ込めるしかなかった。

 

 どうやら今回の配信にあたり、吹替えを新録した模様。同じくAmazonプライムビデオで配信されている「スペースバンパイア」では、字幕も吹替えも最初無かったのと対照的ですね。

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 で、実際に新録した内容を視聴したのですが、当時とかなり決定的に違う箇所があります。それは「オバンバ」の登場シーン。彼女(?)を捕えて尋問するシーンで旧吹替え版ではアーニーが「名前は?」に「オバンバ!」と答えるのですが、新録版では「聞こえるか?」に対して「聞こえる」になっている。

 

 ここらへん、英語字幕に切り替えると「聞こえるか?(You can hear me?)」「聞こえる(Yes)」となっていて実は新録版の方が正しい。でも、旧吹替え版に慣れ親しんだ身からすると寂しいです。そもそもあのゾンビにオバンバと勝手に名付けたのは日本側で、その方がなんかホラーコメディとして楽しさが増すと言いますか。

 

 最後は核弾頭による「爆発オチ」ではあるのですが、前述したようにまたその核の炎が煙になり、雲となって…といった風に収拾がつかないことが示されて物語は終わる。この後一応第5作まで続編は制作されるものの、やはり第1作の面白さを上回ることは出来ず、それ故本作は一種カルト的な人気を獲得している。

 

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Netflix『地獄に堕ちるわよ』感想|ドラマの「嘘」を暴き、本物の怪物を知るための『魔女の履歴書』

 ※この記事はネタバレありです!

 

 かつて芸能界の頂点に君臨していた、細木数子という占い師の人生を描いたドラマです。2026年4月27日からNetflixにて配信開始。

監督:瀧本智行、大庭功睦

脚本:真中もなか

主演:戸田恵梨香

このドラマは「自己神話(ナラティブ)を語る人物」を描こうとしたが、語りの構造設計が甘く、結果として“信用ならざる語り手”の面白さを活かしきれていない。ざっくり言うと「おま言う」です。

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始まりは2005年から

 物語の始まりは2005年、テレビで成功を収めている状態の細木数子が、小説家の魚澄(伊藤沙莉)に自分のこれまでの人生を振り返るという形式を取っている。エピソードは全部で9つ。

 

 リテラシーのある方であれば、エピソード1の時点でこう思うでしょう。「細木数子自身が自分のこれまでの人生を語るって、『信用ならざる語り手』の手法を取るのね。じゃあ途中から魚澄にその『嘘』がバレるんでしょ?」ってね。

「信用ならざる語り手」によるプロフィール紹介「汚い朝ドラ」

 案の定、エピソード7の序盤まで延々と細木数子が戦後の昭和の焼け野原で極貧を経験し、それが元で彼女の強い欲望が形成された。年頃になりその欲望を満たす為に稼ごうとして男に何回か騙されたりする。自殺しようともするのだけれど、2005年の細木数子が語っているので、追い詰められるという展開にはならず、物語の推進力は上がらない。何故なら生き残っている人がしゃべっているんだから。

 

 ヤクザにはめられてその情婦に無理やりさせられていたところを、これまたヤクザの堀田(生田斗真)に惚れられた為、彼が助けてくれたおかげで運よくその奴隷状態から脱するんだけど、このシーンって「王子様幻想」で、彼女には主体性がない。細木はどう考えても奴隷にされるタマではないので無理がある。

島倉千代子のエピソードから「女の履歴書」という「嘘」がバレる

 で、有名な島倉千代子とのエピソードが出て来てから彼女の嘘がバレる訳だ。彼女が語る自身の半生だけど、それがこのドラマの参考文献のひとつ「女の履歴書」という構成になっている。はてなブログのAmazon商品紹介では検索でヒットしないし、そもそも商品はブックオフか紀伊国屋書店でしか現在入手できない模様。

検索結果をスクショしましたが、出版された1988年の時点でふくよかですよね?

魚澄の役割と細木との対比

 サブプロットである魚澄の役割だけど、細木数子っていったい誰?という、2026年ではもう過去の人になっている細木数子を知るための案内人というか、視聴者とある種イコールの関係になっている。

 

 魚澄は夫と別れたシングルマザーで、小説が1冊しか書けておらず、今回の細木数子への取材でキャリアアップを果たしたいという造形。細木数子とあからさまなまでに対比がされていて、「細木数子=世俗にまみれている・金持ち・子なし」「魚澄=世間知らず(少女漫画!)・貧乏・子持ち」と少々露骨。

必ず読んで欲しい、ファクトチェッカーである「魔女の履歴書」

 細木の嘘がバレる展開は、このドラマの参考文献のひとつである「魔女の履歴書」を読めばわかるというか、読んでいないとこのドラマをちゃんと味わえないと思います。今作の配信に合わせて新装版にした模様。

 講談社の公式サイトで試し読みが出来ますが、本の目次だけでもう…電子書籍ではない紙の本では、今回のドラマ化に合わせて表紙が変わっているんですよね。

www.kodansha.co.jp

世界配信の為のチューニング

 そこから一応細木と魚澄の対決っぽい展開にはなるも、そもそも魚澄が架空のキャラクターなので、勝負のつきようが無いというか、魚澄を架空の、しかも女性に設定して無理やりフェミニズムっぽさを入れようとしているのはちょっとどうかと思います。ネトフリだから世界配信。なので、世界の女性が見てスカッとするような内容にチューニングされているとは感じましたが。

 

 エンドロールを見たところ、「スクリプトドクター(脚本のお医者さん)」がいないので、まずこの物語構成にメスを入れる人はいなかったんでしょうね。

 

 であるが故にここらへんに表現者の内発性を感じないし、このドラマ自体が、成功させることが至上命題の商品にしか見えなかったりする。ピカレスクをやりたいんだろうなというのはわかるんだけど、それは上手くはいっていない。

賛否が分かれる戸田恵梨香の演じる上でのルック

 細木数子を演じる戸田恵梨香さんの演技は評価できますが、歳を取るにつれふくよかになっていくというメイクをせずに演じているので違和感が拭えませんでした。こういうところで特殊メイク技術を使う物でしょうに。

 

 同じ伝記作品(?)として、アリ・アッバシ監督の「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」を例に挙げます。今作では、ドナルド・トランプを演じるセバスチャン・スタンが、変貌していくトランプを本人の演技と特殊メイク技術(人工皮膚等)が合わさることで見事に表現していました。

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文明人であるほど再現不可能な昭和の「毒」

 そして、彼女の演技の巧拙以前に、戦後の昭和生まれに何人かいた、極めて危険な怪物を今の良くも悪くも社会化・法化された文明人が演じるのは少々無理があるんですよ。あの毒はあの時代に生まれ育った者のみが醸し出せる。それが出来るのが俳優の仕事なのかも知れませんが、こればっかりはちょっとね。

蘇らせてはいけない人

 それと、こんなことを言ってはいけないのかも知れませんが、細木を主人公にしたドラマは作ってはいけないと思いました。かなりの悪逆を尽くした彼女に下される罰。それは「忘れ去られること」なのに、こうやってドラマにすることで「死者を復活させてしまった」

監督と脚本の責任

 二人いる監督のうちのひとりが、あの元の映画のテーマを踏みにじったリメイク版「新幹線大爆破」で脚本を務めた大庭功睦なので、こんなどうしようもない展開にしてしまったのでしょうし、脚本の真中もなかさんも大概だと思います。

www.dustnddirt.com

 まあ当方男性なので、女性が見たら共感できる箇所が多いのかも知れないし、それこそが制作陣のねらいであるならば成功している面はあると思いますが、ドラマの題材というか人選には関心しませんね。

 

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令和に『北斗の拳』をリメイクする意味とは?199X年を過ぎた世界で感じる「違和感」の正体「北斗の拳 -FIST OF THE NORTH STAR-」第1話だけ見て

 何故40年前のコンテンツをリメイクするのか、ちょっとわからないですね。

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 ちょっとそこのわからないところをgemini様にたずねてみたところ、以下の返答がありました。

mazonプライムビデオで世界独占配信が始まった新作アニメ**『北斗の拳 -FIST OF THE NORTH STAR-』**、非常に注目されていますね。

このリメイクが実現した経緯と、今回のプロジェクトの特徴をまとめました。

1. 「連載40周年記念」プロジェクトとしての始動
最大の契機は、1983年の連載開始から40周年を迎えたことです。この節目を祝うためのビッグプロジェクトとして、ワーナー ブラザース ジャパンとアニメ制作会社「TMS(トムス・エンタテインメント)」がタッグを組み、完全新作として再始動しました。

2. 制作の狙い:原作への忠実な再現と最新技術の融合
今回のリメイクには、大きく2つの意図があります。

原作への回帰: 1980年代の旧アニメ版は、放送スケジュールの都合で多くのアニオリ展開(引き延ばし)が含まれていました。今回は最新のアニメーション技術を用いながらも、**「武論尊・原哲夫両氏が描いた原作の世界観を忠実に再現すること」**を最優先に掲げています。

最新技術の投入: 原作の持つ圧倒的な劇画の「密度」を再現するため、手描きアニメと最新のCG技術を融合させた手法が取られています。

3. 世界展開を視野に入れた「世界独占配信」
タイトルに英語の副題が含まれていることからも分かる通り、最初からグローバル展開を強く意識しています。Amazonプライムビデオでの世界独占配信という形態をとることで、日本国内だけでなく世界中のファンへ同時に届ける体制が整えられました。

 だそうです。

 

 まあ試しに1話だけ見てみましたが、もう原作が持っているツッコミどころに時代の変化が加わっていました。かなり決定的と言える箇所がありまして、あのさ私ブログで文字を大きくしたり強調フォント使ったりしないんだけどさ、今回は特別に使いますね。

 

 今2026年だよね?199X年とやらって、もうとっくに過ぎているよね?

 

 ここだけでもう真面目に見る作品では無いことが告知されているも同然。世界線が違うとでも言いたいのでしょうか?なろう系作品の「ナーロッパ」みたいな「なんちゃって世紀末」的な世界と受け止めないといけないのでしょうか?

 

 そして文明が崩壊したことを描写する為に、いわゆる「北斗の拳に出て来るモヒカン」が、無辜の人々を襲い、リソースを奪うシーンに移る。この文明が崩壊し荒廃している世界の元ネタは「マッドマックス」で、モヒカンは「2」に出て来る「ウェズ(演じるは「コマンドー」のベネット役でおなじみのヴァーノン・ウェルズ)」から引っ張って来ているのはみなさんご存じのとおり。

 ここでもまたツッコミどころが多くて、このモヒカン達ってなんであんなにガタイがいいの?文明が崩壊してリソースが不足しているんだよね?どこからタンパク質を調達しているの?バイクに乗っているからガソリンも不足しているだろうに、馬かマウンテンバイク使うだろそこはっ!

 

 略奪した物品の中に紙幣があるのがわかって「ケツを拭く紙にもなりゃしねえのによー」というのは文明が崩壊していることを示してはいるが、お尻は拭けるだろうし紙も貴重だろうによとここでもまたツッコめる。

 

 ケンシロウの造形と北斗神拳だけど、wikiで調べればわかりますが、ルックはブルース・リーで、秘孔は要するに「ツボ刺激」で、それで人体が爆発するのはたしか「スキャナーズ」元ネタだったはず。

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 第1話の解説というかツッコミに戻ると、悪役のジードがケンシロウのいる村へ略奪に来るんだけど、ジードが何か飲み物が入った瓶を飲んだ後、その瓶を無造作に捨てるという細かい箇所だけどここでもまたおかしくて、瓶とかそんなもったいないことする?資源が不足している世界なんだよね?

 

 ジードとの対決で、北斗神拳による人体爆発(ゴア描写)が描かれるんだけど、18+という年齢制限を設けていることもあり、1984年のテレビアニメでは人体を黒く塗りつぶしてテレビ向けにチューニングしていたのを心置きなくがっつりと爆発させているのは好感が持てました。

 

 原作通りに最新の技術を使ってリメイクしているのはわかります。が、原作が持っているツッコミどころもそのままでしたね。やっぱりこのコンテンツは時代が生んだ産物で、40周年記念でリメイクしても当時のパワー、特にナレーションの千葉茂さんのあの血管が切れそうなエキセントリックな言い回しや、やられていく雑魚キャラの断末魔をだんだん声優さんたちが「金が無えー!」「俺もだー!」とか言い始める「遊び」が無さそうな、良くも悪くも「真面目さ」を感じますね。

 

 やっぱり世界を意識したグローバル展開だから、若干内輪ノリみたいなものは排除しているんでしょうけど、1984年版に親しんだ私には少し寂しい気がしましたね。