【ネタバレあり】映画『超かぐや姫』批評:Vtuberという「持たざる者」の福音と、漂白された悲劇

 ※この記事はネタバレありです! 

 

 「竹取物語」をベースに、仮想世界・Vtuber・ボーカロイドの要素を入れて現代風に翻案したアニメーション映画。

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 ↓ロッテントマトスコア。ポップコーンメーター(観客評価)は90台とかなり高い。

www.rottentomatoes.com

 ではここから感想です。こういう作品がここまで支持される現状を見ると、少し心配になる部分もあります。

 

 あらすじは、母親と不仲の女子高生酒寄彩葉(声:永瀬アンナ)が空から降ってきた(ここでもう…)赤子のかぐや(声:夏吉ゆうこ)を成行きで面倒見ることになる。男性向けコンテンツでよくある都合のいい展開、「空から自分好みの女の子が降ってくる」の変形ヴァージョンはどうかと思いますが。

 

 赤子のかぐやの面倒を図らずも見ることになる彩葉ですが、女性の視聴者だったらここでムッとするはずです。「また女性にケアワークをさせている」って。原作では3ヶ月で急成長するところを更にスピードアップすることでその不快さを緩和はしてはいますが…

 

 彩葉はアパートに一人暮らしをしていて、生活費をアルバイトで稼いでいるのがリアリティが無くて、都心のアパートっぽいのですが、その程度の稼ぎでやっていける訳無いのではないかと思いますよ。それと彼女、頭がいいという設定なので金を稼ぐ手段はある筈だ。漫画「FX戦士くるみちゃん」じゃないけど、テックを使えばいけるでしょう。

 

 もちろんここらへんは主人公を追い詰める要素として機能させる目的があるからそうしているんでしょうけど、脚本が雑でツッコミどころ満載と指摘せざるを得ませんね。

 

 彩葉は現実世界のストレスをヴァーチャル空間で推しの「月見ヤチヨ(声:早見沙織)」を応援することで憂さを晴らしている。月見ヤチヨはAIで、ヴァーチャル空間を管理している。

 

 どうも舞台の時代設定が2030年となってはいるが、明らかに現代のヴァーチャル空間を視覚化しているだけとしか思えなかったりする。

 

 で、困窮している彩葉を助けようとしてかぐやはVtuberとして活躍し、どんどんお金が貯まっていくのだけれど、ここらへんは余りにもご都合主義的というか、主要な視聴者層の欲望がとてもストレートに出ていたりする。「働かないで金を稼ぎたい」って。もちろん私もそう思っていたりはしますが、配信文化がここまで広がったのも、この欲望と無関係ではないでしょう。

 

 Vtuberにはランキングがあって(成果主義!)、かなり上位になったかぐやと彩葉(この時点では着ぐるみ)達だったけど、ここで視聴者から「結婚して」とか求婚され、彩葉がそれを退けるくだりは原作に準拠させている訳だ。

 

 それから、ランキング1位のVtuber帝アキラ(声:入野自由)と対決することになるのだが、アキラの正体はなんと実の兄でした!みたいな、本当にご都合主義にもほどがあり過ぎて頭がクラクラして来ました。

 

 勝負は敗けるんだけど、人気ではトップに立ちお金もガッポガッポ入って来て安アパートから抜け出せた彩葉。ここでもまた「現実世界の困窮した生活から抜け出したい」という願望が露出される。

 

 で、ここから何もかも上手くいくのかなと思いきや、原作に忠実に「お迎え」がやってくる。かぐやを渡すまいと奮闘する彩葉達だったけど、結局かぐやは月に帰ってしまい、彩葉は元の日常に戻ってビターエンド、かなと思ったらここから彩葉の「反転攻勢」が始まる。というかかなり序盤でかぐや自身が「この物語をハッピーエンドにする!」と宣言して視聴者を安心させているので、さもありなんとしか思えない展開。Netflixで視聴しているので、残り時間があるのがわかるのでなおさら。

 

 実はヤチヨ=かぐやでしたみたいなお話になり、その経緯も語られるけど、もう正直その詳細自体がノイズにしか聞こえなかったりする。

 

 最後は、ほとんど成長したのび太がドラえもんを作って再会(母親との不和も解消されている)するみたいな、かなり甘めで救済的なハッピーエンドで、好みが分かれやすい終わり方だと思いました。

 

 ただ、この作品が高く評価されている理由も理解できます。


 現実が厳しい時代に、「努力が報われる」「大切な人を取り戻せる」という救済の物語はやはり強い。配信文化や仮想世界を舞台にしていることもあって、現代の若い観客にとってはかなり感情移入しやすい物語になっているのだと思います。

 

 私がこの記事の冒頭で言った、少し心配というのは、悲劇を悲劇としてきちんと受け止め、現実世界に対する認識を一向に変容できない人たちがたくさんいるということがこれで可視化されてしまっているからなんですよ。

 

 最近は『傷つかない・安心できる』エンタメが主流ですが、わたしは『傷ついて変わる』体験も大事だと思っています。別に死ぬわけでは無く、「変わる」だけなんですよ傷つくって。最近のコンテンツでもちゃんと受け手を傷つける素晴らしい作品はありますよ。「進撃の巨人」とか「アシカノ(明日、私は誰かのカノジョ)」、「九条の大罪」とかさ。

 

 デジタルコンテンツの最大の弱点は、それに耽溺することで傷つくことで認識を変容する訳でもなく、時間を浪費しただ眠らされるかもしくは脳内ホルモンをひり出しているに過ぎないことなんだけど。楽しみは必要だけど、現実を変容させない「脳内ホルモンの消費だけ」のコンテンツが多すぎるのは、少し寂しい気もします。