※この記事はネタバレありです!
かつて芸能界の頂点に君臨していた、細木数子という占い師の人生を描いたドラマです。2026年4月27日からNetflixにて配信開始。
監督:瀧本智行、大庭功睦
脚本:真中もなか
主演:戸田恵梨香

- 始まりは2005年から
- 「信用ならざる語り手」によるプロフィール紹介「汚い朝ドラ」
- 島倉千代子のエピソードから「女の履歴書」という「嘘」がバレる
- 魚澄の役割と細木との対比
- 必ず読んで欲しい、ファクトチェッカーである「魔女の履歴書」
- 世界配信の為のチューニング
- 賛否が分かれる戸田恵梨香の演じる上でのルック
- 文明人であるほど再現不可能な昭和の「毒」
- 蘇らせてはいけない人
- 監督と脚本の責任
始まりは2005年から
物語の始まりは2005年、テレビで成功を収めている状態の細木数子が、小説家の魚澄(伊藤沙莉)に自分のこれまでの人生を振り返るという形式を取っている。エピソードは全部で9つ。
リテラシーのある方であれば、エピソード1の時点でこう思うでしょう。「細木数子自身が自分のこれまでの人生を語るって、『信用ならざる語り手』の手法を取るのね。じゃあ途中から魚澄にその『嘘』がバレるんでしょ?」ってね。
「信用ならざる語り手」によるプロフィール紹介「汚い朝ドラ」
案の定、エピソード7の序盤まで延々と細木数子が戦後の昭和の焼け野原で極貧を経験し、それが元で彼女の強い欲望が形成された。年頃になりその欲望を満たす為に稼ごうとして男に何回か騙されたりする。自殺しようともするのだけれど、2005年の細木数子が語っているので、追い詰められるという展開にはならず、物語の推進力は上がらない。何故なら生き残っている人がしゃべっているんだから。
ヤクザにはめられてその情婦に無理やりさせられていたところを、これまたヤクザの堀田(生田斗真)に惚れられた為、彼が助けてくれたおかげで運よくその奴隷状態から脱するんだけど、このシーンって「王子様幻想」で、彼女には主体性がない。細木はどう考えても奴隷にされるタマではないので無理がある。
島倉千代子のエピソードから「女の履歴書」という「嘘」がバレる
で、有名な島倉千代子とのエピソードが出て来てから彼女の嘘がバレる訳だ。彼女が語る自身の半生だけど、それがこのドラマの参考文献のひとつ「女の履歴書」という構成になっている。はてなブログのAmazon商品紹介では検索でヒットしないし、そもそも商品はブックオフか紀伊国屋書店でしか現在入手できない模様。

魚澄の役割と細木との対比
サブプロットである魚澄の役割だけど、細木数子っていったい誰?という、2026年ではもう過去の人になっている細木数子を知るための案内人というか、視聴者とある種イコールの関係になっている。
魚澄は夫と別れたシングルマザーで、小説が1冊しか書けておらず、今回の細木数子への取材でキャリアアップを果たしたいという造形。細木数子とあからさまなまでに対比がされていて、「細木数子=世俗にまみれている・金持ち・子なし」「魚澄=世間知らず(少女漫画!)・貧乏・子持ち」と少々露骨。
必ず読んで欲しい、ファクトチェッカーである「魔女の履歴書」
細木の嘘がバレる展開は、このドラマの参考文献のひとつである「魔女の履歴書」を読めばわかるというか、読んでいないとこのドラマをちゃんと味わえないと思います。今作の配信に合わせて新装版にした模様。
講談社の公式サイトで試し読みが出来ますが、本の目次だけでもう…電子書籍ではない紙の本では、今回のドラマ化に合わせて表紙が変わっているんですよね。
世界配信の為のチューニング
そこから一応細木と魚澄の対決っぽい展開にはなるも、そもそも魚澄が架空のキャラクターなので、勝負のつきようが無いというか、魚澄を架空の、しかも女性に設定して無理やりフェミニズムっぽさを入れようとしているのはちょっとどうかと思います。ネトフリだから世界配信。なので、世界の女性が見てスカッとするような内容にチューニングされているとは感じましたが。
エンドロールを見たところ、「スクリプトドクター(脚本のお医者さん)」がいないので、まずこの物語構成にメスを入れる人はいなかったんでしょうね。
であるが故にここらへんに表現者の内発性を感じないし、このドラマ自体が、成功させることが至上命題の商品にしか見えなかったりする。ピカレスクをやりたいんだろうなというのはわかるんだけど、それは上手くはいっていない。
賛否が分かれる戸田恵梨香の演じる上でのルック
細木数子を演じる戸田恵梨香さんの演技は評価できますが、歳を取るにつれふくよかになっていくというメイクをせずに演じているので違和感が拭えませんでした。こういうところで特殊メイク技術を使う物でしょうに。
同じ伝記作品(?)として、アリ・アッバシ監督の「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」を例に挙げます。今作では、ドナルド・トランプを演じるセバスチャン・スタンが、変貌していくトランプを本人の演技と特殊メイク技術(人工皮膚等)が合わさることで見事に表現していました。
文明人であるほど再現不可能な昭和の「毒」
そして、彼女の演技の巧拙以前に、戦後の昭和生まれに何人かいた、極めて危険な怪物を今の良くも悪くも社会化・法化された文明人が演じるのは少々無理があるんですよ。あの毒はあの時代に生まれ育った者のみが醸し出せる。それが出来るのが俳優の仕事なのかも知れませんが、こればっかりはちょっとね。
蘇らせてはいけない人
それと、こんなことを言ってはいけないのかも知れませんが、細木を主人公にしたドラマは作ってはいけないと思いました。かなりの悪逆を尽くした彼女に下される罰。それは「忘れ去られること」なのに、こうやってドラマにすることで「死者を復活させてしまった」
監督と脚本の責任
二人いる監督のうちのひとりが、あの元の映画のテーマを踏みにじったリメイク版「新幹線大爆破」で脚本を務めた大庭功睦なので、こんなどうしようもない展開にしてしまったのでしょうし、脚本の真中もなかさんも大概だと思います。
まあ当方男性なので、女性が見たら共感できる箇所が多いのかも知れないし、それこそが制作陣のねらいであるならば成功している面はあると思いますが、ドラマの題材というか人選には関心しませんね。
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