※この記事はネタバレありです!
これはちょっと難しい映画というか、ノンジャンルなので自分でも上手く咀嚼できていないかもです。
監督:マイク・フラナガン
主演:トム・ヒドルストン
原作:スティーヴン・キングの短編小説「チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ」

- 大まかなテーマとロッテントマトスコア
- タイトルだけ見て一瞬誤解
- 「世界終末もの」という読みが外れる
- タイトルであるチャック登場
- 踊りに象徴させた、ひとりの人間の中にある複雑性
- 死が身近にあるチャックの子供時代
- ノンジャンルながらもあるホラーとミステリー要素
- 体を使って踊り、手に怪我を負う(身体性)
- 誰もが避けることができないもの
- 作品を読み解くヒント、ウォルト・ホイットマンとカール・セーガン
- 限りある命を大切に
大まかなテーマとロッテントマトスコア
大まかなテーマとしては「一人の人間の中にある複雑性や矛盾の肯定、人間賛歌」だと思います。
ロッテントマトスコア、現在値は批評家80%、ポップコーンメーター88%と観客評価が高い。
タイトルだけ見て一瞬誤解
最初タイトルだけ見た時には、最近お亡くなりになったチャック・ノリスに対する追悼作品なのかなと思っていました。ちなみに、私的に彼の出演作では「野獣捜査線」「とテキサスSWAT」が好きです(聞いてない)
「世界終末もの」という読みが外れる
冗談はさておき、序盤の流れだけなら「世界終末もの」だと思ったんですよ。最近のネトフリのアニメーション作品「キャロルの終末」みたいな。
冒頭、大地震や疫病によって世界が文字通り崩壊し始める(ミツバチが絶滅!)。ネットが使えなくなり、電話も普通。テレビは日本で言うところの「しばらくお待ちください」で、ついには電気も使えなくなり…というのはお約束なので。
タイトルであるチャック登場
でも、そこから画面に何度も出て来る「チャック(アベンジャーズの「ロキ」役でおなじみのトム・ヒドルストン)」という、何かのミームみたいな人物が電気が使えなくなったはずなのに、家の窓にホログラムの様に出現し、そのチャックの人生に話が移る。正直脈絡もないので、見ているこちらは(?)でしかない。
どうもこのチャックという人物、39歳で癌の為に死亡する運命にあるらしく、かろうじてこの映画が「ギリシャ的結末(運命には抗えないので受け入れるしかない)」だとわかる。邦題が「サンキュー、チャック」なのは死亡する年齢にかけてある。
踊りに象徴させた、ひとりの人間の中にある複雑性
彼が自分が癌で死ぬということが判明する数か月前の状況で話が始まり、チャックはストリートパフォーマーの演奏に合わせてダンスを始める。本当に脈絡もなく。そして、聴衆の中で彼氏に振られてムカついている女性(ナレーションによる説明あり)を誘い一緒に踊り、喝さいを浴びる。
このシーンを自分なりに解説すると、パフォーマーも映画を見ている観客も、パッと見スーツを着た男がまさか素晴らしい踊りをするとは思っていなかった。このシーンが象徴しているのは、ひとりの人間が内包している複雑性な訳だ。そして、女性を誘って一緒に踊るのは「そんなことで落ち込まずに、一緒に踊ろう(人生を楽しもう!)」という意味で、ここでもまたチャックの見た目とのギャップが描かれる。
死が身近にあるチャックの子供時代
観客はこのチャックという人物に興味が沸いたので、そこから今度は彼のプロフィール紹介が始まる。彼の子供時代に遡り、彼は両親を事故で亡くして、じぃじ「アルビー・クランツ(マーク・ハミル!)」とばぁば「サラ・クランツ(ミア・サラ)」に引き取られて育ったことが分かる。
両親を亡くしてチャックとじぃじもばぁばもすごく落ち込むのだけれど、チャックとばぁばは踊ることで生きる力を取り戻す。ばぁばがチャックを一緒に踊る様に手招きするシーンが反復され、この経験が元になって前の章でチャックが女性を誘った理由がわかる。じぃじはそれとは別に、お酒と数学でやりすごそうとする。
で、今度はばぁばも病で死んでしまう。高齢とはいえ60代なので、早い。ここまでで、チャックの身の回りの人が結構お亡くなりになるので、彼の人生には死が付きまとっている気はする。
ノンジャンルながらもあるホラーとミステリー要素
彼らが住んでいる家には、一か所だけチャックが入ってはいけない部屋があるのだけれど、ノンジャンルの映画だけどホラーとミステリー要素ではある。もちろんチャックは言いつけを破り、その部屋の中を見ようとするのだけれど、じぃじにこっぴどくしかられて頓挫する。
体を使って踊り、手に怪我を負う(身体性)
子供時代から青年に達する前までのチャックの成長物語が映画のほとんどをしめていて、クライマックスとしては彼がばぁばと一緒に踊ったり部活で練習したダンスをパーティーで披露するところなんだけど、どうしても「?」が私の頭の上にはついて回り、この作品が何を言わんとしているのかはおぼろげにしか感じられない。
ダンスパーティーで浮かれ過ぎて、彼は自らの過失で手に怪我を負うのだけれど、ここは原題とおり「If It Bleeds(流血沙汰)」で、つまり「血が出る→生きている→いつか終わりが来る」証だとは思う。
誰もが避けることができないもの
今度はじぃじが病に倒れるのだけれど、じぃじは既に自分の死に方を知っていて、あらかじめ手を打ちチャックが経済的に困らない様にしていた。何故知っていたのかはあの「入ってはいけない部屋」に秘密がある訳だ。
終盤、チャックはじぃじの遺品の中から部屋のカギを見つけ、ついに部屋の中を見てしまうのだけれど、そこには何があったのか、それは実際に劇場に行って確かめてみて欲しい。誰もが決して避けることができないものがそこにはあった。その部屋の静止画を背景にしてエンドロールが流れるのだけれど、それはもちろん観客にも突きつける意味がある。あなたたちも避けることは出来ないんですよと。
作品を読み解くヒント、ウォルト・ホイットマンとカール・セーガン
この作品を読み解くヒントはもちろん映画の中にあり、映画の中でウォルト・ホイットマンの代表作「ぼく自身の歌」 (Song of Myself) の終盤(第51連)に登場する、非常に有名な一節がそれです。
つまり、冒頭の世界終末描写はチャックという、複雑性という宇宙を内包している一つの生命の終わりの象徴だったことが分かる。なにせ最初の章が3章で、次が2章、1章と「3,2,1」とカウントダウンが始まってチャックは病に倒れる訳ですからね。
もうひとつのヒントは、カール・セーガンの宇宙論。宇宙の誕生を1年間に例える「宇宙カレンダー」によると、人類の営みの始まりなんか12月31日の夜遅くの数秒間ほどでしかない。
限りある命を大切に
そんな儚い世界や人間の人生だからこそ、大切に愛おしもうという普遍的なメッセージになっている。だから、劇中のメッセージの「チャールズ・クランツ、ありがとう。39年間の人生に感謝を」が「生まれて来てくれてありがとう、チャック」なのだと。
私が見たかった世界終末ものとは微妙に位相が違いましたが、品のある良作だと受け止めました。
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