ちりあくたのつぶやき

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【ネタバレあり】火曜サスペンス劇場の傑作『15年目の夏』レビュー|2時間ドラマの「お約束」を反転させた、至高の贖罪ミステリー

 ※この記事はネタバレありです!

火曜サスペンス劇場の中でも傑作として挙げられる作品

 Geminiに「火曜サスペンス劇場の中で傑作とされる作品を教えてください」と尋ねたところ、今回取り上げる『15年目の夏』が挙がってきた。

2001年放送

監督:西本淳一

脚本:中岡京平

出演:内藤剛志、手塚理美

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 本作を見てまず感じたのは、「火曜サスペンス劇場」という定型化されたフォーマットの中で、その“お約束”を守りながら、しっかりと人間ドラマを成立させている点だった。

 

 現在では「火サス」というジャンル自体が過去のものになりつつあるので、まずはそのフォーマットについて軽く触れておきたい。

定型化された“火サス文法”

 火曜サスペンス劇場(以下「火サス」)は、1981年から2005年まで日本テレビ系列で放送されていた2時間ドラマ枠である。

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 テレビドラマである以上、スポンサーや放送時間の制約が存在する。実際のドラマ部分は約90分ほどで、その中で事件、捜査、人間ドラマ、真相解明まで描かなければならない。

 

 さらに当時の2時間ドラマは地方ロケとのタイアップも多く、観光地や風景、名産品などを自然に作品へ組み込む必要があった。

 

 その結果、「火サス」には独特のお約束が形成されていく。

・開始15分前後で最初の事件発生
・主人公は刑事ではなく一般人
・地方ロケによる観光描写
・口封じのための第二の事件
・クライマックスは断崖絶壁
・犯人の自白
・悲しい過去による情状酌量

 当時はこうした展開が頻繁にパロディ化されていた記憶がある。

 

 しかし『15年目の夏』が面白いのは、こうした“火サス文法”を踏襲しながら、その内側で少しずつズラしを加えている点にある。

「お約束」をズラしていく構成

 まず開始直後、事件が起きたと思ったら、それは殺人ではなく傷害事件。その数分後に、15年前の殺人事件が再現VTRのような形で挿入される。

 

 視聴者は「今起きている事件」と「過去の事件」の両方を同時に追うことになる。

 

 主人公の美籐部草輔(内藤剛志)も、典型的な火サス主人公とは少し違う。彼は刑事ではなく水道検針員であり、どちらかと言えば事件を解決へ導く“狂言回し”的存在だ。

 

 そして本当の意味で物語の中心にいるのは、犯人である藤崎涼子(手塚理美)の方である。

 

 本作はミステリーでありながら、「犯人探し」よりも、15年間止まり続けた彼女の人生そのものに重心が置かれている。

地方ロケすら物語の空気になっている

 火サスらしい「あからさまな地方ロケ」も健在である。

 

 中盤手前では、現在では『SLAM DUNK』の聖地として有名な「鎌倉高校前1号踏切」も登場する。

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 ただ本作は、単なる観光描写に終わっていない。海辺の風景や夏の空気感そのものが、15年前の事件の記憶と結びつき、作品全体にどこかノスタルジックな空気を与えている。

“犯人当て”ではなく「贖罪」のドラマ

 開始から約1時間で事件の真相はほぼ明らかになる。

 

 しかし本作はそこで終わらない。

 

 第一の事件と、口封じのために起きた第二の事件。その「実行者」が実は同一人物ではない、というもう一段階のひねりが用意されている。

 

 そしてクライマックス。

 

 普通の火サスなら断崖絶壁で犯人が追い詰められるところだが、本作が選んだのは、劇的な破滅の崖ではない。しっかりと木柵で囲われた「安全な場所」だからこそ、涼子は狂気から正気へと引き戻され、15年分の重荷を下ろすように静かに罪を告白できた。

 

 ここでも「お約束」が少しズラされている。

 

 草輔の行動で印象的なのは、彼が見返りを求めずに涼子へ寄り添う点だ。

 

 彼の“贈与”的な振る舞いによって、15年間清算されなかった涼子の過去は、ようやく終わりを迎える。

 

 今でこそ「刑事一筋」のイメージが強い内藤剛志氏が、本作では「水道検針員」という、市民のプライベートな領域(敷地内)に合法的に立ち入るグレーな立ち位置にいる面白さ。彼の「見返りを求めない寄り添い」が、のちの刑事役で見せる「犯人への共感・情」の原点であるかのように感じられます。

 

 本作はサスペンスでありながら、同時に「贖罪」の物語でもあるのだ。

文学的な重さを持った2時間ドラマ

 物語の中心にあるのは、涼子、義妹の加奈子、そして父・潤一との複雑な関係性である。

 

 家族間に蓄積された罪悪感、嫉妬、愛情、そして15年間凍結された感情。それらが事件を通して少しずつ露出していく。

 

 ここに本作の“文学的な匂い”がある。

 

 限られた予算と時間、そして大衆向け娯楽という制約の中で、単なる犯人当てではなく、「人間が過去をどう背負い続けるのか」を描こうとしている。

 

 『15年目の夏』が今なお傑作として語られる理由は、まさにそこにあるのだと思う。