※この記事は『望郷太郎』15巻の重大なネタバレを含みます。

前巻は、巨大な何者かの足が列車とブシフジュニアを踏み潰すという衝撃的な場面で幕を閉じました。
しかし15巻を読み終えて最も衝撃を受けたのは、その巨大生物ではありません。
太郎が再び「髭を生やした」ことです。
第1巻で髭を剃った太郎は、文明人としての自分を捨て、氷河期の世界で生きる一人の人間として旅を始めました。その彼が15巻で再び髭を伸ばす。この小さな変化こそ、本巻全体を象徴する重要な出来事だったように思います。
12~14巻が旅の終着点へ向かう「弛緩」のフェーズだったとすれば、15巻からは文明社会へ戻ったことで生まれる「緊張」のフェーズへ突入します。その密度はこれまで以上で、物語が新たな段階へ入ったことを強く感じさせる一冊でした。
なお、ここまで巻数を重ねて「話を忘れてしまった」という方は、14巻までをまとめた記事も参考にしていただければと思います。
- 巨大生物の正体と、文明国家「ヒューマ」の現在
- ロストテクノロジーが次々と蘇る
- 500年越しに回収された「マイズル家」の伏線
- 「欠落」が埋まった太郎は、再び物語を失う
- 太郎とパル──文明が二人の価値を逆転させる
- 文明を取り戻した人類は、本当に幸せになったのか
巨大生物の正体と、文明国家「ヒューマ」の現在
前巻で登場した巨大生物の正体は、巨大化した象でした。
かつて動物園で飼育されていた個体が繁殖したという設定からも、人類がもはや地上の支配者ではなくなった世界であることが改めて示されます。
一方で、食堂で提供されたのは、なんとレトルトではない本格的なカレー。
この何気ない一皿が実に興味深い。
カレーが存在するということは、スパイスを栽培できる環境があり、それを維持する温室技術があり、米まで生産できる農業基盤があるということです。
つまり、食事そのものが文明水準を物語っています。
そして太郎たちは、ついに旅の終着点「ツルマル(鶴丸)」へ到着します。
ここから物語は一気に文明社会へと踏み込んでいきます。
ロストテクノロジーが次々と蘇る
ツルマルでは、大麻中毒のゴーサを利用してヒューマとの交渉を開始します。
この「ゴーサが大麻中毒である」という設定も、後にハッタがヒューマ内部へ大麻を蔓延させようとする伏線として機能しており、相変わらず布石の張り方が巧みです。
そして読者を驚かせるのが、文明の復活ぶりです。
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綿の下着
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ブラジャー
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キャッシュレス決済
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行政カードによる本人確認
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電気自動車
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遺伝子検査
パソコンやスマートフォンこそ存在しないものの、文明水準はほぼ現代社会に追いついたと言っていいでしょう。
15巻は「文明が戻った世界」を見せる巻でもあります。
500年越しに回収された「マイズル家」の伏線
ヒューマとの交渉では、太郎の姓「マイズル」に相手が反応します。
ヒューマでは姓を持つこと自体が上級市民の証。
その結果、太郎は遺伝子検査によってマイズル家の始祖「マイズルタロー」であることが証明されます。
そして現当主ネリンとの再会によって、この500年間にマイズル家で何が起きたのかが明かされます。
個人的には、娘の恵美も冷凍睡眠で生き延び、太郎と再会する展開を予想していました。しかし実際には、恵美は会社を継ぎ、技術者と結婚して家系を繋いでいたという形で伏線が回収されました。
予想とは違いましたが、この結末のほうが作品世界にはよく馴染んでいたように思います。
「欠落」が埋まった太郎は、再び物語を失う
ここで私は、物語の構造にも注目しました。
第1巻から太郎を突き動かしてきた最大の目的は、「日本へ戻って家族に会うこと」でした。
15巻で、その欠落はついに埋まります。
物語では、主人公の欠落が完全に満たされると、役割を終えてしまうことが少なくありません。
だからこそ、先に「渡り鳥の降り立つ地を見たい」という願いを叶えたパルは旅立ちます。
そして太郎にも、新たな欠落が与えられます。
ハッタとの決別。
仲間との離別。
さらに夫の死が確定したリコとの新たな関係。
一つの目的を達成した主人公へ、次の人生を与える。
この流れは非常に巧みで、作者の構成力に感心させられました。
太郎とパル──文明が二人の価値を逆転させる
本巻で最も印象深かったのは、太郎とパルの対比です。
ヒューマには「髭税」が存在し、髭を生やすことは上級市民だけに許される特権です。
つまり、太郎が再び髭を伸ばしたことは、文明社会へ帰属したことの象徴でもあります。
第1巻で文明を捨てた男が、15巻で文明人へ戻ってしまう。
この変化はあまりにも象徴的でした。
一方で、象狩りでも近代兵器に頼らないパルは、狩猟仲間から「足手まとい」と見なされます。
これまで幾度も仲間を救ってきた圧倒的な戦士が、文明国家では価値を失ってしまう。
文明が発達したことで、太郎は力を取り戻し、パルは居場所を失う。
この価値の逆転は、本巻屈指の名場面だったと思います。
文明を取り戻した人類は、本当に幸せになったのか
終盤では、ヒューマ内部の権力闘争が本格化します。
ハッタはヒューマを内部から崩壊させるため、大麻を蔓延させようとし、太郎は文明社会の論理で動き始めます。
かつて金に執着せず、身体を動かすことそのものに喜びを見出していた太郎は、いつの間にか500年前の価値観へ戻ってしまいました。
それは決して後退ではありません。
しかし、氷河期という極限環境で得た「野生」や「自由」を、文明と引き換えに手放してしまったこともまた事実です。
15巻は、人類が文明を取り戻した喜びだけでなく、同時に権力、格差、利害対立までも取り戻してしまったことを描く巻でした。
文明は人間を豊かにする。
しかし文明は、人間の欲望まで消してはくれない。
そんな『望郷太郎』という作品の核心が、いよいよ姿を現したように感じます。
次巻では「闘機杯」と権力闘争が本格的に描かれるとのこと。
これほど先の展開が待ち遠しくなる漫画は、そう多くありません。
