さすがジェームズ・ガンといいますか、本当に「スーパーマン」の監督が彼で良かった。現時点で今年ベスト1です!
シナリオが反則技気味だったりする。冒頭がなんと、スーパーマン( デヴィッド・コレンスウェット)が何者かと戦って敗れたところから始まる!
で、こんな変化球なことをしても監督は大丈夫だと思っている。それは、彼がスーパーマンというヒーローに絶大な信頼を寄せていることと、映画を見に来た観客のみなさんが、スーパーマンを既に知っているという「事実性」があるからこういうことが出来る。私は今作のテーマは「事実性」だと思っています。
アメリカ映画の脚本の基本的な構造は「共感できるor共感できない主人公が追い詰められ、『殻を破り』反転攻勢をする」となっていて、本作はその基本を忠実に踏襲している。みんなスーパーマンを既に知っているので、彼はもう共感できる主人公な訳だ。
本作のヴィランはレックス・ルーサー(ニコラス・ホルト)で、行き過ぎグローバリゼーションの象徴みたいなキャラクターなんだけど、高度なテクノロジーを駆使しているところなんかはどっちかというとピーター・ティールみたいな加速主義者みたいで矛盾した造形ではある。
レックスによってスーパーマンは追い詰められるんだけど、彼を助ける為に恋人であるロイス・レイン(既にスーパーマンの正体を知っていて恋仲)が、「ジャスティス・ギャング」のリーダー(wikiにはそう書かれている!)ミスター・テリフィック(エディ・ガデギ)と共に彼を救出しに行く。
一方捕らわれたスーパーマンは、目の前で知り合いの一般人を殺害され、自身もクリプトナイトを浴びせられて徹底的に追い詰められるんだけど、ここから反撃が始まる。スーパーマンにクリプトナイトを浴びせていたレックス・メイソン(アンソニー・キャリガン)が、自分の子供の為に翻意しスーパーマンの力の源である太陽を疑似的に作り出し逆襲する。
ルーサーの手下との戦いで休息が必要になったスーパーマンは、地球の養父母達ジョナサンとマーサ(ジョナサンの吹き替えが前にスーパーマンの声を担当していたささきいさおさん!)の元に一時戻り、大事なことを教えられる。
そして終盤、最後に残ったルーサーの倒し方がまた今日的というか、自分にブーメランを返される様な感じで倒されるのだけどそれは見てのお楽しみ。
ルーサーはしょっ引かれ、孤独の要塞も無事に復活しスーパーマンはそこで戦いの傷を癒すのだけれど、そこで流される「ホームビデオ」が全てを物語っていると言っても過言では無いと思う。そう、「事実性」だ。彼の本名は「カル=エル」、それはユダヤ人の名前であったりする。劇中に出て来る架空の国「ボラビア共和国」だけど、それはモロに現在ガザ地区を「襲撃」しているネタニヤフのいるイスラエルを想起せずにはおかない。
今作の撮影開始が、2023年10月に起きたハマスによるイスラエル侵攻の後なので、もちろんというか、監督は名指しはしなくても(そうすると普遍性が無くなる)明らかにこの現実を無視せずにちゃんと表現している。スーパーマンが、この映画の前から人々を助けて来たという「事実性」、彼が養父母の元で育てられ、養父母こそが真の意味での親であるという「事実性」、観客である我々が、スーパーマンがヒーローであることを知っているという「事実性」。この3つの事実性があるからこそ、彼がユダヤネームを持っている「異星人」であることなどなんの関係もない真のスーパーヒーローなのだと。
「人をラベルで見るな、その人のして来た行動、事実性を見ろ!」となによりも雄弁に物語っている。そんな、太陽みたいな作品でした。これは気が早いけど今年ベスト1確定しちゃうかもだ!