公開:1950年
監督・脚本:ジョセフ・L・マンキーウィッツ
主演:ベティ・デイヴィス、アン・バクスター

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- 『サンセット大通り』の対抗馬、もう一つの「業界内幕もの」
- 謙虚な付き人から、冷酷な野心家へ
- 本当の主人公はマーゴかもしれない
- タイトルが示す「イヴ」という名の円環
- 1950年版「承認欲求モンスター」の行方
- 現実まで映画のようだった結末
『サンセット大通り』の対抗馬、もう一つの「業界内幕もの」
以前ブログで取り上げた『サンセット大通り』と同じく、1950年のアカデミー賞で激しく競い合った名作『イヴのすべて』を視聴しました。
観てまず驚いたのは、この2作の共通点の多さです。
両作品とも芸能界の内幕を容赦なく描いた作品であり、物語の冒頭で「結末の一端」を提示し、そこに至る経緯を回想形式で語っていく構成を採用しています。しかし、両者が向ける視線の先はあまりにも対照的です。
『サンセット大通り』が「過去の栄光にすがる狂気」を描いたものなら、本作『イヴのすべて』は「未来の栄光を掴み取ろうとする執念」を描いた作品と言えます。同じ業界ものでありながら、こちらは階段を上り詰めようとする者の、底知れない欲望に焦点を当てているのです。
謙虚な付き人から、冷酷な野心家へ
物語は演劇界の権威ある賞「セイラ・シドンス賞」の授賞式から始まります。新人女優イヴが栄光の舞台に立つ華やかな光景。しかし、周囲の冷ややかな視線に、観客はすぐに違和感を抱くことになります。
「なぜ彼女は、ここまで上り詰めることができたのか」
物語はそこから過去へと遡ります。イヴは当初、大御所舞台女優マーゴ・チャニングの熱狂的なファンとして現れます。戦争で夫を失った不幸な身の上を語り、「あなたに憧れていました」と涙する姿は、誰の目にも健気で誠実に映りました。
やがて付き人として雇われた彼女は、細やかな気配りと献身的な働きで周囲の信頼を勝ち取っていきます。しかし、その完璧すぎる献身こそが、彼女が仕掛けた最も静かで冷酷な罠でした。
少しずつ、巧妙に周囲を懐柔しながら、彼女はマーゴの地位へと肉薄していきます。
本作の恐ろしくも面白いところは、イヴが単なる記号的な悪女ではない点です。彼女は確かに嘘をつき、他人を徹底的に利用します。しかし同時に、誰よりも貪欲な努力家であり、圧倒的に有能でもあるのです。だからこそ、観客は彼女を完全には嫌悪できません。
イヴは怪物なのか。それとも、成功を賛美する世界が生み出した必然なのか。その境界線の曖昧さこそが、本作を単なる勧善懲悪のドラマに終わらせない魅力となっています。
本当の主人公はマーゴかもしれない
一方で、本作はイヴの成功物語であると同時に、むき出しの人間性を晒すマーゴの物語でもあります。
ベティ・デイヴィス演じるマーゴは大スターでありながら、常に「老い」への強い不安を抱えています。若い女性たちが次々と台頭する世界で、自分の価値が失われていくのではないかという恐怖。恋人との年齢差、女優としての将来、そして若さへの執着――。名セリフ「シートベルトを締めなさい、荒れた夜になるわよ」に象徴される彼女の毒舌と狂乱は、すべてその裏返しなのです。
イヴの台頭によってマーゴは絶望的なまでに追い詰められますが、その過程で彼女はある種の精神的成長を遂げます。名声にしがみつくのをやめ、等身大の自分を受け入れる選択をするのです。その意味で本作は、「若さを渇望する者」と「若さを手放す者」の、残酷で美しい対比劇でもあります。
70年以上前の白黒映画でありながら、ここに描かれているテーマは、現代の俳優やインフルエンサーたちが直面している苦悩と驚くほど地続きです。
タイトルが示す「イヴ」という名の円環
本作が傑作たる所以は、華やかな舞台演劇の世界を描きながら、その構造自体をメタ的に見つめている点にあります。
『イヴのすべて』というタイトルは、劇中のひとりの女性の半生だけを指しているのではないように思えます。そこには、成功を求めるすべての人間」という意味が内包されているのではないでしょうか。
それが確信に変わるのが、あのあまりにも有名なラストシーンです。
鏡を使った不穏な演出によって、物語は恐ろしい円環構造を完成させます。イヴという存在は、決して特別なパイオニアではありません。イヴの後には次のイヴが現れ、その後にもまた、欲望の炎を燃やす次のイヴが控えている。成功への渇望がある限り、この連鎖は終わらない。無限に続く合わせ鏡の中に、人間の終わりのない業(カルマ)を見た気がして、思わず背筋が凍りつきました。
1950年版「承認欲求モンスター」の行方
劇中では、スターという頂点に立つために、彼らがどれほど多くのものを犠牲にしているかが容赦なく暴かれます。経歴の偽装、他者の利用、権力者への媚び、そして成功の裏で繰り返される搾取……。
そこまでして彼らが求めるものは何か。それは劇場を埋め尽くす観客からの喝采であり、他者からの狂信的な「承認」です。
これは現代で言えば、SNSの「いいね」やフォロワー数、インサイトの数字に執着し、自己を切り売りしていく現代人の心理そのものです。規模やツールは違えど、人間の根本的な欲望の形は70年以上経った今も1ミリも変わっていません。
このドロドロとしたショービジネスの光と影を見つめていると、私の脳裏にはポール・ヴァーホーヴェン監督の『ショーガール』が浮かびました。華やかな世界の裏側にあるグロテスクなまでの上昇志向を描く映画の系譜において、本作はその偉大なる原点にして最高峰だと言えます。
現実まで映画のようだった結末
そして本作最大の皮肉は、スクリーンを飛び越え、現実の世界にまで侵食していました。
劇中で激しく火花を散らしたイヴ役のアン・バクスターとマーゴ役のベティ・デイヴィスは、第23回アカデミー賞において、揃って「主演女優賞」にノミネートされました。
ところが、身内での票割れが原因だったのか、結果的に二人とも受賞を逃してしまうのです。まるで映画の神様が書いたシナリオのような展開には、思わず唸らざるを得ません。
しかしさらに面白いのは、劇中で「落ち目」の苦悩を演じたベティ・デイヴィスが、その後カンヌ国際映画祭で見事に女優賞を受賞し、再び映画界のトップへと返り咲いたことです。虚構と現実が奇妙に重なり合うこのエピソードも含めて、本作は完璧な芸術として完成しているように思えます。
『イヴのすべて』は、芸能界の裏側を借りて、人間の尽きない欲望そのものを解剖した映画です。
「成功したい」「認められたい」「あの一華やかな誰かのようになりたい」
その願望がこの世界から消えない限り、この作品が放つ不穏な輝きは、これから先も決して古びることはないでしょう。